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新しいスタジオ
今日はフカワと新しいスタジオで個人練。
人の運転でスタジオに行くのがこんなにも楽なものだとは。
TRFの歌を歌っていたら着きました。ブラボー。

知らない場所は良いね。
全部が楽しい。
そしてBスタに置いてあった、ギャリエンの戦車みたいなキャビの音が
とても良かった。音が良いと練習も楽しい。
フカワの集中力は70分がリミット。良い音を出すようになった。
彼も俺も、このレベルからどれだけ伸ばせるか。
ここまではどんなバンドマンでも時間かければ出せる程度。
楽しめば良い。
下手だろうがなんだろうが、楽器を弾くことを生業にしてるなんて
最高じゃないですか。
何億もする株は動かせないけど、かっこいい音が出せる。
unitedですよ。ルーのトゥギャザーしようぜってのは名言だ。

その後、ジャガーさんの伊豆土産を頂きデニーズで過ごす。
色々あるね。人生ってのは。

決意をエクスキューズに使ってはいかんのです。
0か1かって状況は勝手に自分が思っているだけで
2があることから目そむけてる人のナント多いこと。
2も3も無限に広がっている中から1を選んだことに意味があるのさ。
俺には1しかないとか言う奴は大体嘘さ。そんなわけがないのだから。
安心したいだけさ。それが若さなのかもしれないね。
それはとても綺麗で可哀想。
作品は存在証明になんかなりゃしない。
作品に自己を込めることと、その存在を委ねることは違う。
僕らは心の底から振り絞った言葉やを想いを込めてモノを作る。
けれどもそこには、人がいて、その人が放つものだから意味がある。
主体を失った状態で、作品だけで、これが俺だというのは無責任だ。
主体と作品は切り離されていることが望ましい。
そうでないと、作品の受け手に対して解釈の強要が始まる。
それは、作品が冷めているとか
感情のないつまらないものであるという話とは違う。
そもそもがフェアじゃない。
これが俺だなんて言われたら
作品を否定した時に人間の拒絶が生まれてしまう。
コントロールを失った作家性はただの人質に過ぎない。
楽しむ為の作品で何故そんな悲しい出来事が起きなくてはならないのか
作品とはインターフェイスであるべきだ。
「自身」でも「消耗品」でもない。

昔、言われた「面白い人間になりなさい」って言葉の意味が
ようやくわかって来た。0と1だけじゃ無理だな。フルカラーで。

今日の意味は
カレーがうまかったことと
フカワと合わせたのが面白かったことと
ジャガーさんの力になれたこと。
一曲カッコいい曲の下地が出来たこと。
4個も良いことがあった。凄い。

日々の小さな幸せを大事にしなさいといった
胡散臭い新興宗教の教義のような考えには反吐が出るが
起きた出来事はそれ以上でもそれ以下でもない。
今日の良かったことを明日に繋げていくだけだ。

体の細胞は7年周期で生まれ変わる。
今の細胞だけに悲しい想いをさせるのは忍びない。
7年前、周囲と上手く行かずに孤立していた悲しい時代の細胞達が
そろそろ役目を終える。この細胞達に楽しい思い出でもくれてやろう。

っていうサイエンス宗教。
体中ハッピー細胞で、幸福ボティになろう!!
幸せの記憶を含んだ細胞は体を活性化させる!!
このハッピービタミンを飲めば、あなたも幸せ細胞の持ち主に!!
この宗教はイケるのではなかろうか。
ハッピービタミンとハッピーウォーキング。凄い!

今日もこの瞬間も体内で死んでいく細胞達。
7年間の寿命の終わり。ああまさにセブンピリオド。
7.とは生命活動のことだったんだよ!!MMR
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