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ラストポップ/アンチキメラ
まず、10代、20代、30代、40代の男女を
それぞれ100人くらいを集める。多けりゃ多い方が良い。
で、2005年から1990年までのシングル年間セールスのトップ10を流す。
そして「知らない」「聴いたことある」「歌える」の三つに分けて
分類してもらう。

時代ごとのヒット曲の傾向分析ってのは
色んなところがやっているから、まあいいとして。

それよりも、一番最後に大文字としての「ポップス」として
機能した曲が一体何だったのかがとても興味ある。
嗜好や世代を超えて、認知され、好感をもたれ、歌われる曲。

というのも、全大陸間横断的な骨太なポップスと言う存在は
もはやこの国には二度と存在し得ないんじゃないかなって
考えておりまして。

(実際、過去を振り返ってもそこまで完璧なポップスなんて
なかったと思うのだけれど。)

消費サイクルの驚異的な速さや趣味の細分化や娯楽への省エネ化も
相まって、ポップスという存在が「一体の巨大な生き物」
ではなくて、出来る限り多くの方向からの消費に対応できるべく、色んな生態部品ごちゃ混ぜに作られた「異形のキメラ」的な存在に変わってしまって、いるように思えるのです。

現在/これからの基本は、特定の嗜好を持った層に限定した
最も効率の良いコンテンツを含んだものを、売り切る。
これを「媚びたやり方」と見なすかは、個人の判断に委ねますが
近年は、そのコンテンツの総量がそのまま消費の総量と直結しているというか、美しい思い出の中のポップスが持っていたセンスオブワンダーな部分(美化が危険だとは思いつつも)ってのが、
完全に必要とされなくなってしまったのかな?と思ったり。

00年以降のニュータイプ達は、きっとキメラに対してなんの抵抗もないというか、むしろどれだけ多くのコンテンツを含有できるかの方に
自然と目が行くのだと思う。物語の本筋はシステムでしかなく
ディティールが本質。
幸いメジャーの音楽シーンはまだそこまで、変質していないけれど
少なくとも漫画とかゲームはもう完全に終わったと思う。
本筋なんておまけでしょ?全力で否定できますか?

だからこそnintendoの次の一手
「インターフェイスに身体性を強く取り入れる」と言う部分に
最後の希望を込めて見守っている。きっと最初は失敗すると思うけど。

話が逸れた。
で、別にそんな状況を呪うというわけではなくて。

今思うのは。

もはや、お伽噺と化したポップスを死ぬまでに
一曲で良いから書いてみたいという願望

キメラ化されたポップスをどうやったら殺せるかという
ニュータイプどもへのオールドスクールな人間からの反抗心

どうやったら最高のキメラが作れるかという
美しい時代(幻想)の音楽への裏切り

その両者をどうやったら繋ぐことが出来るかっていう
狭間の世代の淡い願い。

小売店というフィルターを通して見ると
本当に音楽(だけじゃないけど)の消費のされ方が
変わってきているんだなって思います。
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